天使の信号

 

東洋医学の治療院は　肩こりや足腰の痛みを訴える人はもちろん

超常現象や超感覚に悩み　受け入れに苦しむ人たちも来院します

生理的な筋肉疲労や血流障害の範囲内にとどまる場合は別として

不思議な感覚に対し　過剰な恐れを抱いている人のために書きます

 

「天使の信号」と名づけている私自身の体験を紹介します

いつの頃からか　耳の奥に音が聞こえるようになりました

鼓膜にではなく頭蓋骨の内側に　小さく明確に響くのです

右側よりも　たいていは左耳の奥から聞こえてきました

 

その音はまるで意思を持っているかのように　リズミカルに

「リン」「リンリン」「リリリン」「リンリリン」「リリリリリ」と

ある時は短く簡潔に　ある時は同じリズムを何回も反復して

音の長短は　ちょうど楽譜の音符さながらに鳴るのです

 

日に何度も連続して鳴り続けたりすると　さすがに気になり

その理由や意味があるのであれば知りたいと思っていましたけれど

楽観的な性分で　日常の生活には支障がなかったこともあり

脳の異常だとは考えず　検査も受けないまま過ごしていました　

　

ある夜のこと　その頃は国家資格を取得するために勉強中で

翌日の模擬テストに向け　予習ノートに目を通していると

「リリリン」と　同じ鳴り方が何度となく聞こえてきました　　

そこで　音が鳴った所に印した紙片を貼り付けておいたのです

 

翌朝はそんなこともすっかり忘れ　テストを終え帰宅しました

数日してから思い出し　ノートと問題を照らし合わせて見ました　

なんと紙片は　テストに出題された所にだけ張られていたのです

「ワァー！！」その驚きと興奮は　言葉にならないくらいでした

 

この時に「音」が意志を持った存在からの信号だと確信しました

それからは　耳の奥　頭蓋骨内に響く音に注意を払うようになり

「よし」「だめ」「中止しろ」などの単純な信号を発見しました

しかし　突然のそれも複雑な連打の解読は　お手上げ状態でした

 

しばらく音と付き合ってみると　音の主の性格が推測されました

テストの予想をして存在をアピールしたのは　あの時だけで

その後は一度も現世利益的な働きかけはしてくれませんでした

それがかえって信頼に値する高潔な存在らしく感じられました

 

安易で怠慢な同じ質問を繰り返すと　返答はありません

馴れ合いとか妥協とか打算などとは無縁で　常に毅然として

音が聞こえると背筋がスット伸びる　知的な印象を受けました　

「天使の信号」との関係は　東京を離れるまで続いていました

 

１９９４年４月　いよいよ長年暮らした東京ともお別れです

芝浦から車を拾い天王寺へ　そしてモノレールで羽田空港へ

感慨無量で風景を眺めながら　三沢行きの最終便に搭乗しました

ところが飛行機が遅れて三沢へ着いたので　私たちは焦りました

 

空港から三沢駅へ急ぎ　特急列車に乗り継ぐ必要があったのです

それに乗らないと　その日中に目的地へたどり着けないからです

タクシーに乗り　運転手さんに「急いで下さい」とお願いしました

しかし「どうかな　間に合わないと思いますよ」という返事です

 

その時　リンリン（間に合うよ）と　耳の奥に聞こえました

思わず「ねえ　間に合うみたいよ」と家人に伝えてしまいました

すると　運転手さんにも聞こえたのか　時計を指し示し

「もう発車時刻だし　おまけに赤信号だ　無理だべ」といいます

 

あきらめムードの中　またリンリン（間に合うよ）と鳴りました

今度は運転手さんに聞こえないよう　家人の耳元に知らせました

車が三沢駅に着くと　発車したはずの列車がホームに見えます

「走ろう！」と叫ぶやいなや　階段を全速力で駆け昇りました

 

切符も買わずに改札を走り抜け　家人の後ろからドアに飛び込み

車内にすべり込んだ瞬間　背中スレスレにドアは閉まりました

「ああ　やっぱり間に合ったわね」「うん」

「ああ　天使の信号はやっぱり本当だったわね」「うん」

 

三沢発　野辺地行きの特急は　およそ３分遅れて動き出しました

ちょうどデッキに車内販売のワゴンと　係りの女性がいたので

缶ビールを２本買いました　乾杯しないではいられません

「天使の信号」との親密な付き合いは　それが最後でした

 

現在は　別の交信手段を用いて多次元存在と交流しており

めったに　あのリズミカルな音の連打は聞こえてきません

たまに　やはり突然に　なつかしい音が耳の奥に響きますと　

親友と再会したような　贈り物が届いた気分になります　

 

治療院には個性的な患者さんが来院してきます

普通でない自身の体験や感覚を打ち明けられず　悩んでいたり

周囲の家族の人たちも「病気」だと最初から決めつけていますが

異常ではなく　いわゆるシックスセンスを誤解していたのです

 

もちろん症例の全部が「天使の信号」と同類ではありませんし

地上には油断ならない現象も　確かに実在しています　がしかし

君に奉仕している真実の存在（友）たちに気づいていないのなら

一度は心の耳を澄ましてみる価値がきっとあると断言します